スピリチュアルを学んでも自立できないということ

この5年~10年

人生が思わぬ方向へシフトした人

自分の霊性に目覚めた人

 

それにあわせて

 今までいた「枠」からドロップアウトして

 新しい世界に入った人も多いとおもいます。

 

 それは、スピリチュアルの世界ばかりではなく

 新しい社会への始まりだともいえます。

 

サラリーマンをやめて

自分で仕事をし始めた人も多いとおもいます。

 

分野は様々ですが

いずれも「こころ」や「人とのつながり」

「スピリチュアリティ」を大切にしたものが

多いのではないでしょうか。

 

わたしのまわりでは、ヒーラーさんやセラピスト、アーティストといった

方が活躍しています。

 

ところが、みなさん、表向きは活躍しているものの

「経済」と上手に結びついていない。

 

このことについて

指導、研究をこの5年ほど行ってきました。

 

スピリチュアルを学んで来た人のネックは

お金やパワー(権威、支配)への嫌悪や、

スピリチュアルへの崇拝、依存が自立を阻むことにあります。

 

お金やパワーへの嫌悪は「認識」なので

これは、すぐに変えることができます。

 

「依存」を「自立」にするのは「行動」なので

 行動できない人はずっと自立できません。

 

 

どうしたら「自立(行動)」できるか。

どうして「自立(行動)」できないのか。

そのことをずっと研究実践してきました。

 

そこには、根強い「依存」が存在しています。

 

昨今のスピリチュアルは

魂の成長プロセスとしての通過点ではなく

依存の隠れ家(言い場所)のようになっています。

 

これは、大きな視点で見ると個人の問題だけでなく

日本の社会全体に現れていることがわかります。

(個人を擁護する意見ではありません)


日本という社会は「依存社会」が支えていることがわかります。

 

そのことは

原発事故、繰り返し繰り返しやむことのない様々な社会問題に

現れています。

 

日本は「パワー」が社会の階層を作っています。

でも、これは非難されるものでも否定されるものでもなく

わたしたちは、その恩恵を受けて

現在の便利な生活を送ることができています。

 

そこに様々な問題も生まれているということですね。

このことをもう少し分解してみてみましょう。

 

パワーが何であるかというと

パワーとは、本人の持つ生命力、行動力や積み重ねて来た力はもちろんですが

持って生まれた家柄、学歴や経歴といったもののパワーになります。

 

人と人の結びつき、創造性には

パワーの差は関係ありません。

 

ところが、「実行」する段階において

パワーの差が人を分け、階層を作っていきます。

 

パワーのある人は実行力、行動力がある人とも言えます。

もちろん、これはできることを出来る人が行う図式でもあります。

 

このことは、社会に階層を作りました。

これも「自然」な成り立ちです。

 

パワーは同等のパワーと結びついていきやすいですから

同じパワーを持つ人が集まるようになる。

 

お金もパワーのあるところに集まる。

 

 

他の階層に対しては雇用や外注、下請けが生まれる。

そこでの「こころ」によって

言われたことをただやる主従関係が育ち

支配と依存が形作られていく。

 

依存層は、犠牲を鵜呑みにしてそこから出られない。

最初からあきらめている中で生活していく。

 

日本社会に作られた支配と依存の構造。

これは、個人を骨抜きにしている構造です。

 

これは、歴史をたどれば

さらに見えてきますが、これについてはまた触れます。

 

 

そんなところからドロップアウトして

自分の生きる道を模索してスピリチュアルを学んできた人も

多いのではないでしょうか。

 

ここまでの時代は「パワー」が必要でした。

時代を切りひらいていく力が必要だったのです。

 

そのために多くのことを犠牲にしてきたとも言えますし

わたしたちは多くのことを「ゆるし」してきた

 

違う言い方をすれば目をつむってきたともいえます。

 

2012年を越えて

多くの人が「自分」を変えて来たとおもいます。

 

その出会いが健康や身体のことで在ったり

家族やパートナー、人間関係であったり、

こころ、スピリチュアル(霊性)のことであったり

仕事のことであったりときっかけは様々だけど

それぞれにスピリチュアリティについて

考え、自分の生きかたを変えてきたと思う。

 

そのことは

とても大きな範囲まで及び

スピリチュアルブームも作った。

 

では、スピリチュアルを学んだ人は依存と支配がなくなって

自立したかというと

自立した人ももちろんいるけど

支配は崇拝に変わって依存はそのまま残っている状態がある。

スピリチュアルの世界に崇拝と依存のシステムが出来上がっただけ。

 

それは、支配の世界よりは平和かもしれない。

でも、経済や物質と結びついてないから

思いやりはあるけどお金のない人は多く、循環していない。

 

スピリチュアルだけに限定はしない

ようはドロップアウトした人たちの世界は

せっかくドロップアウトしたのに

古い世界と同じ世界を構築しはじめてる。

 

それは、

まず依存が抜けていないことが大きい

そして、多くの人は自分の幸せだけを求めて終わっている。

もちろん、まずは自分が幸せになることは大切。

自分を生きること。

それが出来ていない人は焦らずそこを念入りにやってほしい。

 

でも、そこまで完成したら

「志」を持つことが必要。

 

その自分で社会にどう働きかけていくのか。

社会とは「共同体意識」

 

そこまで見ないと「循環」というのは起きて来ない。

自分や家族がなんとか幸せならという考えでは

個人の循環も枯渇するようにこの世界はできている。

 

なぜなら、人間は社会性によって種を受け継いでいく生命体だから。

人間の持つ社会性には地球の希望が託されている。

 

 

今、再びわたしたちは

自分で立ち上がることをおもいだし

この依存と支配構造の社会ではなく

全員が自立し、循環する仕事をし、社会を作り

次世代へ渡していくことを真剣に考えるときなのだとおもいます。

 

ルミナ

 

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コメント: 1
  • #1

    岡本 さゆり (日曜日, 22 1月 2017 02:05)

    何度か3カ月おきくらいに読んで、今回はすんなり、
    解ったような気がします。

    自立することが最初で、依存していることがわからないで
    いることは、本質が変わっていないんですね。

    共同体意識はルミナさんのメッセージをずっと読んでいると
    自然に目覚めてきました。

    ありがとうございます。
    今年、自立できるように行動して行こうと思います。